このあと、一行は、車で境界線を回った。レンガやコンクリートの壁が、どこまでも続いていた。その壁の前で、じっとたたずむ人びとの姿があった。
眼前に立ち塞がる壁の高さは、わずか、三、四メートルにすぎない。取り除こうと思えば、すぐに、壊すことができよう。
だが、その壁が、自由を奪い、人間と人間を、同胞を、家族を引き裂いているのだ。
何たる人間の悪業よ! 人間は何のために生まれてきたのかと、山本伸一は、炎のような強い憤りを感じた。
--人間がともに生き、心を分かち合うことを拒否し、罪悪とする。それは、人間に、人間であるなということだ。そんな権利など誰にもあるわけがない。
だが、壁はつくられた。まぎれもなく人間によって。東西の対立といっても、人間の心に巣くう権力の魔性がもたらしたものだ。
そして、このドイツに限らず、韓・朝鮮半島も、ベトナムも、分断の悲劇に襲われた。いや、それだけではない。ナチスによる、あのユダヤの人びとの大量殺戮も、あらゆる戦争も、核兵器も、皆、権力の魔性の産物にほかならない。
伸一の脳裏に、戸田城聖の第一の遺訓となった「原水爆禁止宣言」がまざまざと蘇った。
--あの宣言の精神も、“人間の生命に潜む魔性の爪をもぎ取れ”ということであった。魔性に打ち勝つ力はただ一つである。それは、人間の生命に内在する仏性の力だ。
仏性とは慈悲の生命であり、破壊から創造へ、分断から融合へと向かう、平和を創造する原動力である。人間の胸中に、この仏性の太陽を昇らせ、魔性の闇を払い、人と人とを結びゆく作業が、広宣流布といってよいだろう。
車は、再び、ブランデンブルク門を望む、柵の前に出た。伸一は、もう一度、ここで車を降りた。
いつの間にか、雨はすっかり上がり、空は美しい夕焼けに染まっていた。
荘厳な夕映えであった。太陽は深紅に燃え、黄金の光が空を包んでいた。それは、緊迫の街に一時の安らぎを与え、心を和ませた。
一行が夕焼けを眺めていると、近くにいたドライバーの壮年が、笑みを浮かべて教えてくれた。
「こんな美しい夕焼けの時には、私たちはこう言うのです。『天使が空から降りて来た』と……」
辺りの塔も、ビルも、そして、閉ざされた道も、ブランデンブルク門も、金色に彩られていた。
伸一は思った。
“太陽が昇れば、雲は晴れ、すべては黄金の光に包まれる。そして、人間の心に生命の太陽が輝くならば、必ずや、世界は平和の光に包まれ、人類の頭上には、絢爛たる友情の虹がかかる……”
彼は、ブランデンブルク門を仰ぎながら、同行の友に力強い口調で言った。
「三十年後には、きっと、このベルリンの壁は取り払われているだろう……」
伸一は、単に、未来の予測を口にしたのではない。願望を語ったのでもない。それは、やがて、必ず、平和を希求する人間の良心と英知と勇気が勝利することを、彼が強く確信していたからである。また、世界の平和の実現に、生涯を捧げ、殉じようとする、彼の決意の表明にほかならなかった。
一念は大宇宙をも包む。それが仏法の原理である。
“戦おう。この壁をなくすために。平和のために。戦いとは触発だ。人間性を呼び覚ます対話だ。そこに、わが生涯をかけよう”
伸一は、一人、ブランデンブルク門に向かい、題目を三唱した。
「南無妙法蓮華経……」
深い祈りと誓いを込めた伸一の唱題の声が、ベルリンの夕焼けの空に響いた。
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『新・人間革命 第4巻』大光の章 p.361-364