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2006年09月 アーカイブ

2006年09月25日

仏は遠い彼方にいるのではない

 皆で食事をとり、ホテルに戻ったのは、午後八時ごろであった。伸一の発熱はまだ続いており、夜になると疲労感がつのった。
 伸一たちがホテルの廊下を歩いていると、廊下の片隅に座り込んでいる数人の人たちがいた。婦人が四人に、子供が二人である。ケンタッキーからやって来た、日系人のメンバーであった。彼女たちは、地元に戻る前に、もう一度、伸一に会いたいと、彼の帰りを待っていたのである。
 「どうして、廊下なんかに座っているんだろう。ロビーのソファで待っていればいいものを。人が見たら奇異に思うな」
 石川幸男が舌打ちしながら、ボソボソと独り言のように言った。
 伸一は、それには取り合わなかった。
 「いやー、皆さん、どうしたの?」
 伸一は、廊下に座って待っていた婦人たちに呼びかけた。
 「先生! お会いできてよかった。どうしても、先生にご指導をお受けしてから帰ろうと思いまして……」
 「そう、ご苦労様。それじゃあ、ぼくの部屋にいらっしゃい。ずっと、待っていてくれたんだね。疲れただろうね」
 彼は自分の部屋に案内したが、皆は気を使い、部屋に入るのをためらっていた。
 「さあ、遠慮なく、お入りください」
 伸一は、丁重に彼女たちを招き入れた。皆、身なりもけっして立派とはいえなかった。しかし、伸一には、一人ひとりがアメリカを救いゆく尊き仏のように思えた。
 仏は、どこか遠い彼方の国にいるのではない。娑婆世界という現実の、この社会にいるのである。仏は、悩み、苦しみ、喜び、生きる、人間の生命のなかに存在するのである。
 伸一は、架空の仏ではなく、広宣流布の使命に生きる人間という仏に仕え、守ることが、会長としての自分の責務であると決めていたのだ。それが彼の信念であり、哲学であった。
 語らいが始まると、子供がぐずり始めた。おなかを空かしているようだった。早速、清原かつが菓子をたくさん買って来て、子供に与えた。ケンタッキーからようやく交通費を工面してやって来たメンバーには、子供に菓子を買い与える余裕もなかったにちがいない。伸一は、清原のその心遣いがありがたかった。
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『新・人間革命』第1巻 「錦秋」の章 p.187-189

誓願こそ、日蓮仏法の祈り

 伸一は、会場の正面に立つと軽く会釈をし、長テーブルを挟んで座った。
 「どうもご苦労様です。さあ、始めましょう」
 伸一は、ここでは、多くの時間を質問会に当てた。農業移住者としてブラジルに渡り、柱と頼む幹部も、相談相手もなく、必死で活路を見いだそうとしている友に、適切な指導と励ましの手を差し伸べたかったのである。
 「どうぞ、自由に、なんでも聞いてください。私はそのために来たんです」
 彼が言うと、即座に四、五人の手があがった。皆、こうした機会を待ち望んでいたのである。質問の多くは、生き抜くための切実な問題だった。
 四十過ぎの一人の壮年が、兵士のような口調で、緊張して語り始めた。
 「自分の仕事は農業であります!」
 「どうぞ気楽に。ここは、軍隊ではありませんから。みんな同志であり、家族なんですから、自宅でくつろいでいるような気持ちでいいんです」
 笑いが弾けた。日焼けした壮年の顔にも、屈託のない笑みが浮かんだ。
 この壮年の質問は、新たに始めた野菜づくりに失敗し、借金が膨らんでしまったが、どうすれば打開できるかというものだった。
 伸一は聞いた。
 「不作になってしまった原因はなんですか」
 「気候のせいであったように思いますが……」
 「同じ野菜を栽培して、成功した方はいますか」
 「ええ、います。でも、たいていの人が不作です」
 「肥料に問題はありませんか」
 「……詳しくはわかりません」
 「手入れの仕方には、問題はありませんか」
 「…………」
 「土壌と品種との関係はどうですか」
 「さあ……」
 壮年は、伸一の問いに、ほとんど満足に答えることができなかった。
 “この人は自分なりに、一生懸命に働いてきたにちがいない。しかし、誰もが一生懸命なのだ。それだけで良しとしているところに、「甘さ」があることに気づいていない”
 伸一は、力強く語り始めた。
 「まず、同じ失敗を繰り返さないためには、なぜ、不作に終わってしまったのか、原因を徹底して究明していくことです。成功した人の話を聞き、参考にするのもよいでしょう。そして、失敗しないための十分な対策を立てることです。真剣勝負の人には、常に研究と工夫がある。それを怠れば成功はない。信心をしていれば、自分の畑だけが、自然に豊作になるなどと思ったら大間違いです。仏法というのは、最高の道理なんです。ゆえに、信心の強盛さは、人一倍、研究し、工夫し、努力する姿となって表れなければなりません。そして、その挑戦のエネルギーを湧き出させる源泉が真剣な唱題です。それも“誓願”の唱題でなければならない」
 「セイガンですか……」
 壮年が尋ねた。皆、初めて耳にする言葉であった。
 伸一が答えた。
 「“誓願”というのは、自ら誓いを立てて、願っていくことです。祈りといっても、自らの努力を怠り、ただ、棚からボタモチが落ちてくることを願うような祈りもあります。それで良しとする宗教なら、人間をだめにしてしまう宗教です。日蓮仏法の祈りは、本来、“誓願”の唱題なんです。その“誓願”の根本は広宣流布です。
 つまり、“私は、このブラジルの広宣流布をしてまいります。そのために、仕事でも必ず見事な実証を示してまいります。どうか、最大の力を発揮できるようにしてください”という決意の唱題です。これが私たちの本来の祈りです。
 そのうえで、日々、自分のなすべき具体的な目標を明確に定めて、一つ一つの成就を祈り、挑戦していくことです。その真剣な一念から、知恵がわき、創意工夫が生まれ、そこに成功があるんです。つまり、『決意』と『祈り』、そして『努力』と『工夫』が揃ってこそ、人生の勝利があります。一攫千金を夢見て、一山当てようとしたり、うまい儲け話を期待するのは間違いです。それは、信心ではありません。それでは観念です。
 仕事は生活を支える基盤です。その仕事で勝利の実証を示さなければ、信心即生活の原理を立証することはできない。どうか、安易な姿勢はいっさい排して、もう一度、新しい決意で、全魂を傾けて仕事に取り組んでください」
 「はい、頑張ります」
 壮年の目には、決意がみなぎっていた。
 伸一は、農業移住者の置かれた厳しい立場をよく知っていた。そのなかで成功を収めるためには、何よりも自己の安易さと戦わなくてはならない。敵はわが内にある。逆境であればあるほど、人生の勝負の時と決めて、挑戦し抜いていくことである。そこに御本尊の功力が現れるのだ。ゆえに逆境はまた、仏法の力の証明のチャンスといえる。

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『新・人間革命』第1巻 開拓者の章 p.292-296

君の心に、本当に響くのであれば

 この日、山本伸一は、新任幹部の代表を日本料理店に招き、新たなブラジルの出発を祝い、夕食をともにした。彼は、広布の新天地の未来を担いゆく友を心からねぎらい、励ましておきたかったのである。
 伸一を囲んで、和やかな語らいが弾んだ。彼は、男子部の中心者になった郷野栄治に声をかけた。繊細な感じのする青年であった。
 「君は今、どんな仕事をしているの?」
 「はい、トランペットを吹いて、生計を立てています」
 「そうか、大変だな。それで、ポルトガル語は話せるのかい」
 「日本にいた時に、二、三カ月、ポルトガル語の教室に通ったので、少しはわかります」
 「それだけでは、広布の力にはならないな。しっかり勉強してマスターするんだよ。それが、君の使命を果たす突破口になっていくからね」
 伸一は、日本でこの青年と何度か会い、激励したことがあった。郷野は、日本では音楽隊員として活躍する一方、男子部の班長として活動に励んできた。彼には一つの夢があった。それはジャズ奏者になることだった。しかし、当時、日本の社会では、ジャズというと眉をひそめる人も少なくなかった。このころはまだ日本では、音楽として正当な評価を得ていなかったのである。郷野には、自分が志しているジャズが、果たして広宣流布にどうつながるのかという疑問があった。
 彼は、将来の進路について悩んだ末に、青年部の室長であった山本伸一に指導を求めたのである。
 その時、伸一は言った。
 「ジャズが君の心に、本当に響き、どうしてもやりたいというのであれば、挑戦してみることです。仮に、それが実らないことがあったとしても、自分の一念のなかに広宣流布があれば、人生の経験は、すべて生かされるものだ。仏法に無駄はない」
 郷野の心は決まった。ジャズを本格的に学ぶには、本場のアメリカに渡る必要がある。しかし、彼には、渡米の費用などなかった。調べてみると、ブラジルに渡るなら、貸付制度があることがわかった。彼はまずブラジルに行き、それから、アメリカに入ろうと思った。
 郷野が、船で横浜の港を発ったのは、伸一が会長に就任して約二カ月後の、七月の半ばのことであった。そして、九月上旬に、サンパウロに近いサントス港に着いたのである。
 郷野は、サンパウロの東洋人街で、胸に学会のバッジをつけた一人の青年と出会った。その青年から、山本会長が、間もなくサンパウロに来ることを聞かされたのである。彼も受け入れの準備に加わった。メンバーに学会歌を教え、空港で指揮をとっていたのは、この郷野であった。
 伸一は、郷野を前にして思った。
 “彼の本当の使命は、このブラジルの広布にあったのであろう。問題は、いつ彼がそれを自覚するかだ……”
 伸一が、ポルトガル語の習得を口にしたのも、その使命を、一日も早く自覚してほしかったからである。

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『新・人間革命』第1巻 開拓者の章 p.305-308

2006年09月29日

母のくやし涙

 人間として、だれが「優れて」いるのか。それは人の痛みを分かち合える「優しさ」をもつ人ではないだろうか。その人こそ「優秀」な人ではないだろうか。
 ある人から聞いた。小学生のころ、貧しくて家庭訪問の日がいやだった。教師が来ても、出す座ブトンもない。母親が隣家から借りてきた。普段は見たこともないお菓子も無理して用意した。しかし教師は汚れた座ブトンに座ろうとせず、お菓子にも手をつけなかった。それでも母は、お菓子を包んで「どうぞ」と渡した。
 だが教師は、外へ出ると包みを捨ててしまった。それを少年は、じっと見ていた。拾って食べようかと思ったが、母親が頑として許さなかった。「そんなもん、さわったらいかん!」。あの時の母のくやし涙が何十年たった今も忘れられない、と。
 人の思い、子どもの悲しみをわからずして、どうして人間が育てられようか。
 人間が機械になったかのように、心が心に通じない社会の不気味さ。問われているのは、日本社会の根底の価値観である。
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『私の世界交友録』(「セリーン アンカラ大学総長」の章) p.334

戦おう、この壁をなくすために

 このあと、一行は、車で境界線を回った。レンガやコンクリートの壁が、どこまでも続いていた。その壁の前で、じっとたたずむ人びとの姿があった。
 眼前に立ち塞がる壁の高さは、わずか、三、四メートルにすぎない。取り除こうと思えば、すぐに、壊すことができよう。
 だが、その壁が、自由を奪い、人間と人間を、同胞を、家族を引き裂いているのだ。
 何たる人間の悪業よ! 人間は何のために生まれてきたのかと、山本伸一は、炎のような強い憤りを感じた。
 --人間がともに生き、心を分かち合うことを拒否し、罪悪とする。それは、人間に、人間であるなということだ。そんな権利など誰にもあるわけがない。
 だが、壁はつくられた。まぎれもなく人間によって。東西の対立といっても、人間の心に巣くう権力の魔性がもたらしたものだ。
 そして、このドイツに限らず、韓・朝鮮半島も、ベトナムも、分断の悲劇に襲われた。いや、それだけではない。ナチスによる、あのユダヤの人びとの大量殺戮も、あらゆる戦争も、核兵器も、皆、権力の魔性の産物にほかならない。
 伸一の脳裏に、戸田城聖の第一の遺訓となった「原水爆禁止宣言」がまざまざと蘇った。
 --あの宣言の精神も、“人間の生命に潜む魔性の爪をもぎ取れ”ということであった。魔性に打ち勝つ力はただ一つである。それは、人間の生命に内在する仏性の力だ。
 仏性とは慈悲の生命であり、破壊から創造へ、分断から融合へと向かう、平和を創造する原動力である。人間の胸中に、この仏性の太陽を昇らせ、魔性の闇を払い、人と人とを結びゆく作業が、広宣流布といってよいだろう。
 車は、再び、ブランデンブルク門を望む、柵の前に出た。伸一は、もう一度、ここで車を降りた。
 いつの間にか、雨はすっかり上がり、空は美しい夕焼けに染まっていた。
 荘厳な夕映えであった。太陽は深紅に燃え、黄金の光が空を包んでいた。それは、緊迫の街に一時の安らぎを与え、心を和ませた。
 一行が夕焼けを眺めていると、近くにいたドライバーの壮年が、笑みを浮かべて教えてくれた。
 「こんな美しい夕焼けの時には、私たちはこう言うのです。『天使が空から降りて来た』と……」
 辺りの塔も、ビルも、そして、閉ざされた道も、ブランデンブルク門も、金色に彩られていた。
 伸一は思った。
 “太陽が昇れば、雲は晴れ、すべては黄金の光に包まれる。そして、人間の心に生命の太陽が輝くならば、必ずや、世界は平和の光に包まれ、人類の頭上には、絢爛たる友情の虹がかかる……”
 彼は、ブランデンブルク門を仰ぎながら、同行の友に力強い口調で言った。
 「三十年後には、きっと、このベルリンの壁は取り払われているだろう……」
 伸一は、単に、未来の予測を口にしたのではない。願望を語ったのでもない。それは、やがて、必ず、平和を希求する人間の良心と英知と勇気が勝利することを、彼が強く確信していたからである。また、世界の平和の実現に、生涯を捧げ、殉じようとする、彼の決意の表明にほかならなかった。
 一念は大宇宙をも包む。それが仏法の原理である。
 “戦おう。この壁をなくすために。平和のために。戦いとは触発だ。人間性を呼び覚ます対話だ。そこに、わが生涯をかけよう”
 伸一は、一人、ブランデンブルク門に向かい、題目を三唱した。
 「南無妙法蓮華経……」
 深い祈りと誓いを込めた伸一の唱題の声が、ベルリンの夕焼けの空に響いた。

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『新・人間革命 第4巻』大光の章 p.361-364

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