市内をタクシーで走っている時、同乗していた川崎鋭治が、伸一に尋ねた。
「私は、ヨーロッパの連絡責任者に任命されましたが、これから、何を、どのように進めていけばよいのでしょうか」
川崎は、強い決意に燃えてはいたが、実際に何をすればよいのかがわからず、この二、三日、考え悩んでいたのである。
伸一は、しばらく黙っていた。彼は、川崎の気持ちがよくわかっていたし、また、いくらでも、アドバイスすることはできた。しかし、具体的なことには触れずに、こう語った。
「川崎さん。先駆者というのは辛いものだよ。すべて自分で考え、次々と手を打っていかなくてはならない。誰も頼りにすることはできない。しかし、だからこそやりがいもあるし、功徳も大きい……」
川崎が今後、名実ともにヨーロッパの中心者になっていくためには、彼が自ら未来の構想を描き、それに向かって、自分のなすべきことを考え、行動していくことが必要であると、伸一は思ったのである。
つまり、伸一は、リーダーとしての川崎の自発性、主体性を育みたかった。
広宣流布は、友の幸福と平和の実現を、わが使命として自覚した人が、情熱と英知で織り成す、人間の賛歌の絵巻である。
自分を深め、磨き、信心の在り方を学ぶうえでは、謙虚に指導を求め、求道の心を燃やしていくことは当然である。また、活動を進めるうえで、協議や意見の調整が重要であることはいうまでもない。しかし、広宣流布の活動の根本をなすものは、どこまでも個人の内発的な自覚である。具体的な方法は、その責任感から発する知恵をもって考え、対応していくべきであるというのが、伸一の信念であった。
川崎は釈然としない顔をしていた。それを見て取ると、伸一は言った。
「ともかく御本尊に真剣に祈り、今いる同志を激励しながら、何をすべきかは考えていけばよい。そう堅苦しく考えることはないよ。これからは、日本のメンバーも、どんどん世界に出ていくだろうから、ヨーロッパも、すぐに五十世帯や六十世帯にはなるだろう」
その言葉を聞いても、川崎には実感はわいてこなかった。
川崎が会ったヨーロッパのメンバーは、まだ、三人にすぎない。それがすぐに五十世帯以上になるとは、とうてい思えなかったのである。
ただ、自分が考えている以上に、広宣流布の伸展は早いのかもしれないと思った。また、そうするためにも、自分が立ち上がらなければならないと感じた。
新・人間革命 第5巻「歓喜」の章 p.92-94